「おとなの頭脳」を働かせて、ただし「こどもの心」をわすれずに


よいこの寝顔

ある朝、ぼくは通勤電車の中で、もみくちゃにされながら、こんなコトを考えました。

 

ぼくたちおとなは、物わかりが良すぎたかもしれない。例えば原発の問題。素朴なこどもの心で「放射能やだ。命の方が大事でしょ」それで十分だったような気がする。けれども、それじゃあ済まないのが、責任あるおとな社会のオキテ。

 世の中で一番エラいのはお金を稼ぐ人で、お金を稼がせてくれる原発もまたエラい。という論理は実際正しいから、意外に手強いワケです。

それなら少し、角度を変えて、そもそも何が問題なのか、もう一度考えてみましょう。

 

すると、原発がなくて困るのは、電力全体というよりピーク時対応の電力なのです。つまり、原発がどうのというより、ピークに支配されたぼくたちの暮らしの方が、ずっと大きな問題なんじゃないかと気づいたのです。過去を振り返れば、明治時代からずっと、ぼくたちは、時間的なピーク、空間的なピーク、二つのピークをこしらえ工業化に成功し、経済を大きくしてきました。

ということは、暮らしに付きまとう、二つのピークをなだらかにしない限り、誰も原発を止められないと思います。

 

原発に危険があっても、やめられない。地方の町や村が過疎化し、限界集落化しても、みんなが首都圏に集まって、同じ時間帯に活動する。

今がよければ、未来のコトは未来の人が考えればいい。

 

経済学者アルフレッド・マーシャルに「クールヘッド  バット  ウォームハート」つまり、「冷静な頭脳を持ちなさい。ただし温かい心も持ちなさい」と言う有名な言葉があります。

 

いまぼくたちは、こう言います。

「おとなの頭脳を持ちなさい。ただし、こどもの心を忘れないで」と。

ぼくの山小屋がある那須町では、そんな世の中に疑問を感じ「こどもの心」を忘れず「おとなの頭脳」を駆使して、二つのピークをなだらかにする仕事を始めた人たちが、大勢います

そんな人たちを年齢に関係なく「よいこ」と呼びます。

21世紀の経済は、競争社会で他人をけおとすのが上手な「わるいこ」たちではなく、共生社会で助け合うのが上手な「よいこ」たちが動かすようになるんです。多分。

 

そんなことを考えていたら、首都圏から那須町に移住してきた石田多朗という音楽家と出会いました。彼と話をすると、どんな話も面白くて、聞き入ってしまう。久しぶりに、そんな人と出会ったような気がします。

 

おそらく、ぼくたち二人に共通するのは、首都圏と那須町の両方で活動していること。家族や自分の時間と空間を大事にしていること。そして、面白がる感性。

そこで二人が、面白いと思うことをテーマに手作りのメディアを作ることにしました。

肩肘張らずに、始めます。

楽しんで作るので、頑張って読んで下さい。(笑い)

 

 

2018年 11月吉日

発行人

石井一彦

             

 


編集人ご紹介

石田多朗(いしだたろう)

石田多朗

 

[プロフィール]

作曲家。東京藝術大学大学院音楽学部卒業。近年では日本科学未来館ドームシアターガイアの新作『9次元からきた男』の音楽を担当。NHK主催の福島復興プロジェクト『fukushimaさくらプロジェクト  はるか』にて音楽監督を担当。

また、乃木坂46コンサートツアーのオープニングタイトルや、大阪国際空港(伊丹空港)50年ぶりの大規模リニューアルに伴い制作されたメインモニュメントの音楽を作曲。

[主な経歴]

乃木坂46『2018コンサートツアー』オープニングタイトル

伊丹空港  (大阪国際空港)50周年 『メインモニュメント』

東京都庭園美術館『ブラジル先住民族の椅子展』

石川県のとじま水族館『のと回遊回廊』

森美術館『建築の日本展』

香川県主催『高校生はないけバトル』メインテーマ・合唱曲

NHK・福島復興プロジェクト『白河花かがり  はるか2017・2018』日本科学未来館『9次元からきたおとこ』

東京藝術大学陳列館  『法隆寺別品の祈り展』

伊東豊雄建築ミュージアム『日本一美しい島・大三島』

NHK教育テレビ「プチプチ・アニメ『ティーチ』」

UNIQLO『新ヒートテック「10万人応援プロジェクト」』

ポンピドーセンター/勅使河原一雅『Is Anyone There?』

東京コレクション『everlasting  sprout  2011SS~現在まで』

東京都美術館/TBS『フェルメール展』

青木淳建築計画事務所/六本木ヒルズ森アーツギャラリーセンターー/BMW『透明なスピード展』

東京都美術館_TBS『かなざわごのみ』

新宿マルイ本館『時報』

六本木アートナイト『アンテナ』

『リバースプロジェクト・シャウティングスター丸』

森美術館『ディン・Q・レ展:明日への記憶』

JR東日本展―“鉄道のデザイン~過去から現代・未来へ~”

[学歴]

2002年  上智大学文学部国文学科卒業

2007年 東京藝術大学音楽学部卒業

2010年 東京藝術大学大学院音楽学部卒業


発行人

石井一彦(いしいかずひこ)

石井一彦

 

[プロフィール] 

シリーズ「懐かしき未來」編集者

郷土史家/文筆家/Diyer

東京産業考古学会会員

立教大学経済学部卒業

 

4歳の年に、出来たばかりの上野の東京文化会館で、ヤマハオルガン教室の発表会に出場したが、オルガンより建物の美しさに心が震えて演奏にならず、早くも演奏家としての才能に見切りを付ける。

6歳の年に台東区から練馬区に引っ越し、周囲に下町言葉を笑われ、同じ東京なのに地域により生活文化の違いがあることを知る。

9歳の年に中村橋にあった児童文学者いぬいとみこ主宰のムーシカ文庫に通い、読書の楽しさを知るが、中学入学後はロックに目覚め、高校時代は中村とうよう氏を師と崇め「ニュー・ミュージック・マガジン(現ミュージック・マガジン)」以外の本は全てスルーした。

幸か不幸か、高校卒業の年に平凡出版(現マガジンハウス)から雑誌「ポパイ」が発売された影響で、大学時代は授業そっちのけで、遊び狂い、就職に失敗する。

特にロックミュージシャン近田春夫の「THE 歌謡曲」には深く心酔し、洋楽のロックやR&Bから歌謡曲に転向して、周囲を唖然とさせ、「歌謡曲研究会」を創設(現在は消滅したが、10年ほど活動)。

20代半ばで銀座にあったS社に就職するも、セルフビルドで山小屋を作った先輩社員に触発されて、再び道を踏み外す。

S社をやめた1989年に、図書館の本で「モダンデザインの父」ウィリアム・モリスを知る。

たちまち、モリスが制作したレッドハウスに魅了され、仲間たちの共同作業による空間作りを実践するために、1991年から建築家小須田廣利氏の協力を得て、那須高原でセルフビルドによる山小屋作りプロジェクトを開始。

現在は、会社員を続けながら、千葉県の自宅と、山小屋「青空公房」の二拠点生活を実践している。

 

[著作]

1992年自力建設の様子をレポートした建築雑誌「群居」への連載を皮切りに執筆活動を開始。

近著の「懐かしき未來」は取材・執筆・ブックデザイン・印刷・製本まで全て仲間たちの協力による手作業で行った。

単著:『ぼくたちの野田争議』崙書房出版

編著:「懐かしき未來」

共著:  『東葛流山研究』崙書房出版

         『野田文学』野田文学会

   『松戸史談』松戸史談会

   「ずいひつ流星」

    他多数



「よいこの経済新聞」編集室(青空公房内)